解糖系と低酸素トレーニングの有効性
今回の記事では、
低酸素トレーニングと乳酸の関係について筆者の現在の捉え方で解説したいと思います。
読んでほしい人・今よりより速くなりたい人
・正しいトレーニングを行いたい人
・低酸素トレーニングに興味がある人
筆者は低酸素トレーニングを取り組み2年となります。
結果は下記の通り。
()内は低酸素トレーニング取り組む前のタイム。
1500m:3’51(3’58)
5000m:14’15(14’28)
Full: 2:15:11(2:17:37)
一概に低酸素トレーニングのおかげ、
とは考えてはいませんが、
能力向上の一助にはなっていると考えています。
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目次
低酸素(酸素不足)が引き起こす「代謝の変化」とは
低酸素(酸素不足)が引き起こす「代謝の変化」とは
トレーニング時における、
有酸素ベースが解糖系依存になりやすいということです。
なぜそうなるのか?
それは体内で低酸素誘発因子HIF1の発現から考えられます。
「酸素がない」なら「糖」を燃やせ!身体の緊急スイッチ
私たちが運動する時、
筋肉を動かすエネルギー(ATP)を作る主なルートは2つあります。
酸素を使って効率よくエネルギーを生み出す「有酸素系(ミトコンドリア)」と、
酸素を使わずに糖を分解してエネルギーを作る「解糖系」です。
通常、
私たちの身体は酸素を利用して
効率的にエネルギーを作り出しています(有酸素系)。
しかし、
低酸素環境下ではその名の通り、
エネルギーを作るための材料である「酸素」が制限されてしまいます。
すると身体は、その運動を続けるために、
エネルギーの作り方を劇的に変化させます。
これは「代謝的補償」と呼ばれます。
解糖系のフル稼働と「HIF-1」の指令
酸素が足りなくなると、
細胞内にあるHIF-1(低酸素誘導性因子)というタンパク質が司令塔として働き始めます。
このHIF-1は、細胞に対して
「酸素がなくてもエネルギーを作れるモードに切り替えろ!」
という強力な指令を出します。

解糖系の亢進(アクセル全開)
HIF-1は、細胞内にブドウ糖(グルコース)を取り込む入り口である「GLUT1」や、
糖を分解して乳酸に変える酵素(LDHなど)を増やします。

筆者
これにより、
酸素を使わない「解糖系」がフル稼働し、
急速にエネルギーを補おうとします。
ミトコンドリアの抑制(ブレーキ)
酸素をエネルギー源とするミトコンドリアの働きを抑制します。
低酸素環境でのトレーニングは、
単に「息が苦しい」だけでなく、
身体のエネルギー代謝システムを
強制的に「解糖系優位(糖を爆発的に燃やすモード)」へとシフトさせる
スイッチを入れているのです。
この環境下で運動を行うことが、
通常環境よりも強力に解糖系を刺激する理由となります。
低酸素下では「乳酸」がドッと出る
実際に体内で起きている代謝が、
通常環境とは全く異なっていることがデータで証明されています。
まず注目したいのが、「乳酸」の発生量です。
大学自転車競技選手などを対象に行われた研究によると、
同じ「30秒間の全力ペダリング」を行っても、
低酸素環境で行った場合の方が、血中乳酸濃度が有意に高くなることが分かっています。
これは、酸素が足りない分、
身体が必死になって解糖系をフル回転させ、エネルギーを生み出している証拠です。
その証拠に筋グリコーゲンが圧倒的に減少
乳酸がたくさん出るということは、
その材料である「糖(筋グリコーゲン)」がそれだけ激しく燃やされていることを意味します。
陸上競技短距離選手を対象とした研究では、
この「グリコーゲンの減り具合」について報告されています。
スプリント運動を行った際の筋肉内のグリコーゲン減少量を比較したところ、
以下のような差が出ました。
• 通常環境での減少量: -34.0%
• 低酸素環境での減少量: -43.5%

酸素供給が制限されたことで、
有酸素エネルギーの不足分を補うために通常よりもより解糖系が亢進し、
筋肉内の糖を消費した結果と言えます。
この「激しい枯渇」が、
トレーニング後に身体に起こる、
強力な超回復のトリガーとなります。
メカニズム:司令塔「HIF-1」による解糖系の活性化
低酸素環境下では体では何が起こっているのでしょうか?
細胞の司令塔:低酸素誘導性因子「HIF-1」活性化
低酸素環境下で「解糖系」がフル稼働する背景には、
細胞内の司令塔とも言えるタンパク質、
HIF-1(低酸素誘導性因子)の存在があります。
通常、酸素が十分にある環境では、
HIF-1は作られてもすぐに分解酵素によって壊されてしまいます。
しかし、
酸素濃度が下がるとこの分解プロセスがストップし、
HIF-1が細胞内に蓄積します(安定化)。
細胞内に残るので、
特定の遺伝子のスイッチをONにする転写因子として機能し始めます。
これが、身体を「低酸素モード」へと切り替える指令となります。
「代謝リプログラミング」:糖を大量に取り込み、より代謝する
HIF-1が指令を出すことで、
細胞内のエネルギー代謝システムが書き換えられます。
(=代謝リプログラミング)
具体的には、
HIF-1は以下のような酵素や輸送体の生産を増やし、
解糖系を強化します。
糖取り込みの入り口を増やす(GLUT1の誘導):
筋内に血液中のブドウ糖(グルコース)を
取り込むための「ドア」であるグルコース輸送体(GLUT1)を増やし、
糖の取り込みを加速させます。
分解を加速する(PFK・LDHの誘導):
取り込んだ糖を分解してエネルギーに変えるための重要な酵素群を増産します。
特に、解糖系の律速酵素であるホスホフルクトキナーゼ(PFK)や、
ピルビン酸を乳酸に変える乳酸脱水素酵素(LDH)を増やすことで、
酸素を使わずにATPを生み出す能力(無気的解糖系)を飛躍的に高めます。
乳酸の「出口」も確保する:MCT4による乳酸の放出(無気的解糖系)
解糖系がフル稼働して乳酸が大量に作られると、
細胞内は酸性に傾き(pHの低下)、
そのままでは身体の正常機能に支障をきたします。

乳酸を放出する役目が、MCT4(モノカルボン酸輸送担体4)となります。
1. 入口: 糖を大量に取り込む(GLUT1)
2. 製造: 酸素なしでエネルギーに変える(解糖系酵素)
3. 出口: 乳酸を血中へ放出する
実際、低酸素トレーニングを行った群では、
通常環境群と比較して、
このMCT4が有意に増加したという研究結果も報告されています。
これは、単に乳酸を作るだけでなく、
「乳酸を処理する能力(クリアランス能力)」も
同時に鍛えられていることを意味します。
乳酸は再利用される
血中に放出された乳酸は再利用されます。
こちらの記事でも触れていますが、
乳酸は糖を使いやすくした状態のもので
疲労物質や廃棄物ではありません。
そもそも上記の通り、
無気的解糖系では2ATPしか作れません。
乳酸(乳酸から変換されるピルビン酸)をTCA回路で酸化することで
25ものATPを産生させることができるのです。
TCA回路は酸素を使うので有気的解糖系です。
そして主に遅筋が主役になります。
【TCA回路(有酸素代謝について)はこちらより】
MCT4を介して、速筋から血中に放出された乳酸を
遅筋に取り込むのがMCT1です。
これは細胞間乳酸シャトルと呼ばれ、
LTを決める重要な能力であり、
マラソンランナーにとっては切っても切り離せない能力となります。
SIT(スプリントインターバルトレーニング)
ちなみにSIT(スプリントインターバルトレーニング)でも
LTの向上がみられますが、
いわば強制的に乳酸を放出させて、
それを酸化させる能力を鍛える
人間に備わる適応能力を最大限に発揮させているものと思われます。
トレーニングの成果:激しい枯渇からの「超回復」
低酸素トレーニングは解糖系の亢進のみではありません。
低酸素環境下でスプリントトレーニングを行うメリットは、
短期間で「超回復」を引き出せる点にあります。
わずか5日間で筋グリコーゲンが約1.8倍に
研究によると、
陸上競技選手を対象に5日間の低酸素スプリントトレーニングを行ったところ、
トレーニング後の筋グリコーゲン貯蔵量は、
トレーニング前と比較して約1.8倍(+79.9%) という優位的な増加を示しました。
通常酸素環境でのトレーニングでもグリコーゲンは増加しますが、
その増加率は約1.5倍(+56.3%)にとどまっています。

筆者
シンプルなメカニズム:糖代謝亢進
前述した通り低酸素下での運動が「通常よりも激しく糖を枯渇させる」のです。
身体は減った分を取り戻そうとするだけでなく、
「次は枯渇しないように」と過剰にエネルギーを蓄えようとします。
低酸素環境はこのリバウンド効果(超回復)を最大化する強力な刺激となるのです。
適応の最終形:代謝効率の向上(省エネ化)
トレーニングを継続していくと、
身体はさらに賢い適応を見せ始めます。
それは「代謝の効率化」です。
研究では、
6日間の低酸素スプリントトレーニングを行った後、
同じ強度の運動(30秒全力ペダリング)を行わせたところ、
血中乳酸濃度の上昇が有意に抑えられる
という結果が得られました。
矛盾しているように思えるかもしれません。
トレーニング初期(急性応答)では必死に糖を燃やして乳酸を出しますが、
身体がその環境に適応すると、
「少ない糖分解で同じパワーを出せる」ように代謝システムを最適化するのです。
つまり、
低酸素トレーニングを継続することで、
「グリコーゲンという燃料タンクを巨大化させ(量)」、
かつ
「その燃料を無駄使いせずに効率よく使うエンジン(質)」
を手に入れることができると言えます。
まとめ:低酸素環境は「解糖系」を極限まで鍛えるブースター
今回の記事内容をまとめます。
「枯渇」と「適応」のサイクルを加速させる
低酸素環境は単に「心肺機能を鍛える場所」ではなく、
細胞内の司令塔であるHIF-1を介して、
身体のエネルギーシステムを
「解糖系(糖利用)」へと強制的に書き換える強力なブースターです。
通常環境でのトレーニングでは到達しにくい「疲労困憊状態」を、
低酸素環境はわずかな時間で引き起こします。
「通常よりも激しいグリコーゲンの減少(-43.5%)」が、
強烈な適応へのシグナルとなっています。
乳酸の代謝メカニズムを効率的に更新させる可能性
乳酸の放出を助けるMCT4は
低酸素環境(≒体内の酸素量減少)でHIF1の発現で促進されます。
ただし、
HIF1を介したMCT4の活性化は、
極疲労時に起こると考えるべきですので
相当な疲労状態が必要ともいえそうです。
SpO2がどの程度まで下げるのがいいのか?は
調べた感じ分かりませんが、
通常のトレーニングよりもSpO2が下がることは必要だと考えて良さそうです。
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参考:
八田秀雄:乳酸サイエンス
笠井 信一 (2019):
低酸素環境下におけるスプリントトレーニングの効果 (Effect of sprint training in hypoxia).
竹井 尚也, 八田 秀雄 (2017):
低酸素トレーニングが、短時間・高強度運動のパフォーマンスと運動後の血中乳酸濃度の変化動態に与える影響について
小林 稔, 原田 浩 (2013):
低酸素ストレスとHIF
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