解糖系トレーニングの理論と実践
200m5本を行うとマラソンが速くなるかも?
そんなことはあるのでしょうか?
結論はあります。
筆者自身200mのスプリントをおすすめさせていただいていますし、
実際にランナーズでも紹介させていただいておりました。
200mは全力で走るとおおよそ、
25〜35秒程度の疾走になると思います。
この時間でできる運動強度は「解糖系」と呼ばれる
主に糖を利用しエネルギーを生み出して運動を行います。
このマラソンとは全く関係のなさそうな200mスプリントが
どのようにマラソンの記録向上につながるのでしょうか。
今回の記事では200mスプリントなどの
解糖系トレーニングの理論と実践について解説します。
目次
解糖系とは
解糖系はエネルギーを生み出す代謝の一つで、
グルコースをピルビン酸(乳酸)に
分解する過程でエネルギーを生み出します。
糖を分解するので解糖系です。
この時には酸素を使わないので無酸素系代謝と言われます。
ちなみに…
ちなみに分解されたピルビン酸や乳酸は
TCA回路で、酸素を利用して
エネルギーを生み出します。
(酸素を使うので有酸素系代謝)
この乳酸の再利用が遅れるほど乳酸は蓄積します。
その過程で出た乳酸を酸素を使ってまたエネルギーを産む!(乳酸系)
このTCA回路で乳酸を再利用しますが
乳酸を生み出す量が乳酸を再利用する量が多くなる、
つまり、
乳酸の蓄積(つまり乳酸を利用が間に合わない)が急激に上昇する点を
LT(乳酸性作業閾値)と呼びます。
LTの解説はこちらをご確認ください。
無酸素エネルギーは生み出す速度は速いが長持ちしない(アシドーシス)
▼エネルギー供給機構▼
エネルギー代謝 | 酸素有無 | 発揮時間 | 強度目安 | 補足 |
ATP -CP系 | 無酸素 | 〜7秒以内 |
50m走や高重量のウェイト
|
リン酸を生成 |
解糖系 | 無酸素 | 8〜39秒 | 200mスプリント | 乳酸を生成 |
有酸素系 | 有酸素 | 40秒以上 | 400mより長い種目 |
距離が長くなるほど有酸素の割合が多くなる
|
無酸素代謝はエネルギーを生み出す速度が速いです。
しかし、長持ちしないという特性があります。
長持ちしない理由は…
解糖系では乳酸を生み出し
その結果、血中乳酸濃度が上昇します。
この時、乳酸は「酸」なので、体を酸性にします。
(phの低下)
これをアシドーシスと呼びますが、
疲労の原因の一つと言われています。
(他、リン酸のカルシウム結合説もあり。下記解説。)
無酸素エネルギーは生み出す速度は速いが長持ちしない(リン酸カルシウム結合説)
またリン酸が体内でカルシウムと結合することで、
筋収縮を阻害します。
これは筋肉の動きの説明である、
フィラメント滑走説から考えることができます。
フィラメント滑走説
上記で記載した、疲労の他の原因であるリン酸は、
体内のカルシウムと結合し筋肉の動きを抑制すると言われています。
そのメカニズムは下記の通りです。
カルシウムはトロポニンと結合し、トロポミオシンを移動させます。
その結果アクチンフィラメントとミオシン頭部が結合し、
エネルギーを分解(発揮)し、アクチンを引っ張ります。
その結果筋肉の収縮が起こります。
しかし、このカルシウムは
体内のリン酸と結合してしまうことで
筋肉の収縮ができなくなるわけです。
カルシウムの働きを邪魔する
このリン酸が疲労の原因の一つである言われています。
そしてこのリン酸はATP -CP系という
エネルギーを生み出す過程で体内で生み出されるのです。
ATP -CP系
解糖系では、酸素を必要とせずにエネルギーを生み出すことができるので
「無酸素性」と呼ぶと説明しましたが、
この「無酸素性」のエネルギー供給にはもうひとつ
ATPーCP系のエネルギー代謝があります。
▼エネルギー供給機構▼
エネルギー代謝 | 酸素有無 | 発揮時間 | 強度目安 | 補足 |
ATP -CP系 | 無酸素 | 〜7秒以内 |
50m走や高重量のウェイト
|
|
解糖系 | 無酸素 | 8〜39秒 | 200mスプリント | |
有酸素系 | 有酸素 | 40秒以上 | 400mより長い種目 |
距離が長くなるほど有酸素の割合が多くなる
|
こちらは一般的に一瞬で力を発揮する際に利用させるエネルギー回路です。
このATP -CP系の利用局面は、
100m走のスタート局面や
クリーンなどの高重量のウェイトトレーニングが挙げられます。
この無酸素性のパワー(≒酸素借)の利用能力向上は、
長距離種目だと1500m走のタイム向上にはとても必要です。
長距離走と無酸素パワーの考え方はこちらの記事をご覧ください
ここで重要なことは、
エネルギーの代謝は常に全てが発揮されているということ。
その割合が運動強度によって変わるというだけのことです。
例えば、ゆっくりとしたジョギングの場合は
ATP−CP系も解糖系も代謝としてエネルギーを生み出していますが、
有酸素系の産生割合が高いので、
体が疲れることはないわけです。
逆に、400m走などでは運動強度が高くなり、
素早いエネルギー産生が必要となるため、
代謝の割合が解糖系やATP -CP系が増え、
結果として体は短い時間で疲労こんぱいになるのです。
解糖系もATP -CP系も有酸素系もエネルギー代謝の中のひとつ
各種走行における無酸素・有酸素エネルギーの供給割合
時間 | 距離目安 | 無酸素性 | 有酸素性 |
10秒間 | 100m | 85% | 15% |
1分間 | 400m | 67% | 33% |
2分間 | 800m | 50% | 50% |
4分間 | 1500m | 30% | 70% |
10分間 | 3500m | 12% | 88% |
30分間 | 10000m | 5% | 95% |
1時間 | ハーフマラソン | 2% | 98% |
2時間 | フルマラソン | 1% | 99% |
基礎運動学第6版より
一方、上記でも説明しましたが、
解糖系で生み出したピルビン酸や乳酸や、体内で蓄えている脂肪を、
酸素を利用しエネルギーに変換することができるのですが、
この供給機構は、酸素を利用するので「有酸素性」と呼ばれます。
長距離走ではほとんどが、
この「有酸素性」でエネルギーを生み出しています。
糖が分解され、乳酸となり、
酸素を使い乳酸をエネルギーに変換し
利用しています。
つまり、
有酸素のメインである乳酸利用系の元になるのは
糖を分解することで産まれるのです。
このように、エネルギー代謝はそれぞれが独立しているのではなく、
行う運動強度によってエネルギー供給割合の比重が変わっています。
(上のグラフを参照。)
酸素と使ったエネルギー供給は、糖を元にした乳酸と
脂肪として蓄えられている脂肪酸や筋肉分解でエネルギーを生み出すアミノ酸分解でも
エネルギーを生み出します。
ここではアミノ酸のエネルギー供給は割愛。
(アミノ酸によるエネルギー回路はこちらの記事を参照ください。)
一般的には糖を元にした乳酸と
脂肪酸がメインの有酸素代謝の元となるものです。
そしてこの糖(乳酸)と脂肪のエネルギー供給比率は、
LTを境界として1:1の割合で利用されていると言われています。
詳しくはLTの解説記事(リンク)より。
解糖系の向上▶︎他の代謝にも影響
解糖系で生み出す能力を向上させると
他の代謝にも影響をする理由は
筆者の考えでは下記の2つがあると思っています。
- ・そもそも糖を分解して乳酸を生み出さなければ、利用もできない
- ・無酸素供給機構での速度の向上は、有酸素系の速度の余裕度にもつながる
そもそも糖を分解して乳酸を生み出さなければ、利用もできない
有酸素系代謝の中でも乳酸系の代謝、
この乳酸系のエネルギーを生み出す元は
「乳酸」です。
そもそも乳酸が作られなければ
乳酸を使うこともできません。
と考えれば糖を利用し、
乳酸を生み出す解糖系の能力の高さは
必然的に必要であると考えられます。
無酸素供給機構での速度の向上は、有酸素系の速度の余裕度にもつながる
エネルギー供給機構はそれぞれが絡み合っています。
ATP -CP系、解糖系で走れるスピードの向上は、
乳酸系のスピードの底上げにもなります。
なぜなら、乳酸系で走れる速度は解糖系を超えることができないからです。
そして「乳酸系の速度=解糖系の速度」にもなり得ないです。
例えば…
極端な話、解糖系の速度が1km3分20秒程度の場合、
乳酸系で走れる速度は1km3分20秒を超えることができないのです。
おそらく高く見積もっても解糖系の速度が3分20秒/kmなら、
乳酸系の限界(LT)は4分00秒/km程度になるのではないでしょうか。
200m走が40秒だとすると、
400m走なら86秒、
1000m走なら3分50秒、
乳酸系である20分持続走ならおそらく4分00秒
くらいになると思います。
【スプリントインターバルトレーニング(SIT)で有酸素向上!?】
SITで有酸素能力の指標であるLTが向上したり、タバタで有酸素系が向上するのは、
おそらく、ピルビン酸の再利用能力を多く刺激できるからだと思います。
このSITの取り組み方についてはLT(乳酸性作業閾値)の記事で詳しく解説しています。
解糖系トレーニングの実践
解糖系の解説をしてきました。
ここでは解糖系を向上するトレーニングを紹介します。
解糖系のトレーニングにはいくつか種類があると思うのですが、
- ①より高速のエネルギー供給であるATPーCP系よりのスプリント
- ②解糖系をメインに考えたスプリント
- ③乳酸利用である有酸素系に近いスプリント
が考えられます。
走行時間とエネルギー供給の割合は各参考書やブログによって違いが大きいですが、
ここでは基礎運動学を参考にします。
ATP -CP系に近い解糖系トレーニング:150mスプリント
①に関しては、ATP -CP系は20秒以上のスプリントでは
供給割合は減っていきますので、20以内でのスプリントとなります。
トレーニングとしてはおおよそ150mのスプリントトレーニングを推奨します。
個人的におすすめなのは150mのうち、
20m程度を加速に使い130mをスプリントするというトレーニングです。
トレーニングメニュー:
150m(加速あり)×6~10本レスト8分
解糖系メインのトレーニング:200mスプリント
②は、解糖系の割合がATP -CP系を超え、供給割合が最大になる
25〜40秒の全力スプリントが有効であると思います。
この時間で走れる距離を選択すべきですが、
おおよそ200m程度になるのではないでしょうか。
トレーニングメニュー:
200m×5〜8本レスト6分
有酸素系も利用しながら走るトレーニング:400mレペティション
③はおおよそ40秒程度で解糖系の供給割合は最大になり有酸素の供給が増え出し、
65秒程度で有酸素と無酸素の供給割合が逆転してきます。
つまり40〜65秒程度のレペティショントレーニングが有効であると思います。
これはおおよそ400m程度の距離になると思います。
トレーニングメニュー:
400m×5本レスト5分
ポイントはレストは完全休息
ポイントは一本一本完全回復してから行うことです。
レストを短くしすぎてしまうと、有酸素供給の割合が高くなります。
レストが短すぎると運動強度の高さを維持できなくなるので、
レストをしっかりと確保して運動強度をしっかりと保つことが重要です。
レストは設定していますが、1本目のスプリントを維持できる程度レストをとった方がいいと思います。
また、本数も設定していますがスピードの維持が難しくなったらそれ以上やるメリットはないと思います。
解糖系のトレーニングの適応
そもそもなぜ解糖系強度でのトレーニングでスピードが身につくのでしょうか?
そのメカニズムについて現時点での筆者の解釈でできるだけわかりやすく解説します。
トレーニングの効果は下記の通り。
解糖系トレーニングのメカニズム・解糖系酵素の活性化
・乳酸産生速度と処理能力の向上
・筋繊維の適応
解糖系酵素の活性化
代謝 | 律速酵素 | 刺激因子 | 抑制因子 |
解糖系 | ホスホフルクトキナーゼ | AMP,ADP,Pi,ph↑ | ATP,CP,クエン酸,ph↓ |
スプリントトレーニングは、
解糖系に関わる酵素の活性を増加させると言われています。
酵素(ホスホフルクトキナーゼ)は、
解糖系の代謝(糖をピルビン酸に変換する)に役立ちます。
解糖系では
糖をピルビン酸に変換する必要がありますが、
この変換に必要なのが
酵素(ホスホフルクトキナーゼ)です。
トレーニングにより、ホスホフルクトキナーゼの活性が向上し、
これによりグルコースからのエネルギー生成が効率化されます。
参考:
Biochemical and histochemical adaptation to sprint training in young athletes
解糖系代謝を抑制させてしまう要因
代謝 | 律速酵素 | 刺激因子 | 抑制因子 |
解糖系 | ホスホフルクトキナーゼ | AMP,ADP,Pi,ph↑ | ATP,CP,クエン酸,ph↓ |
上の表を見てもらうとわかる通り、
解糖系を刺激する因子もありますが、
抑制してしまう因子もあります。
極論言ってしまえば、
解糖系のみを可能な限り代謝させたいのであれば
この抑制因子を取り除く必要があります。
・ATP濃度が高い時は抑制します。
安静時はATP濃度が高い状態ですので解糖系代謝は抑制されています。
エネルギーを生み出す必要がないということですので当然と言えば当然です。
・phの低下も代謝を阻害します。
体が酸性になっていることをphの低下と言いますが、
この時にも解糖系代謝は抑制されます。
これも競技を考えるとわかりやすいですが、
高強度運動でアシドーシス状態(酸性化)になっているとどうしても体は動かしづらいと思います。
これは上記のような解糖系の抑制が関係しているのかもしれません。
・クエン酸も抑制因子に。
これは筆者としては興味深かったです。
クエン酸は有酸素代謝での必要な要素(上図参照)です。
そして人の体は基本的に有酸素代謝(クエン酸回路)をメインで
エネルギー供給を行うようになっています。
つまり、クエン酸が体に多くあると、
わざわざ解糖系を使わずとも
有酸素代謝(クエン酸回路)で
エネルギー供給を賄おうとする
ということだと思います。
乳酸産生速度と処理能力の向上
上記に関連しますが、ピルビン酸へと変換されたあと、
乳酸へと変換され血中で蓄積されます。
乳酸をたくさん作れるようになるというのが挙げられます。
乳酸は、糖を使いやすい状態にしているものです。
参考:
・筋繊維の適応
解糖系トレーニングは、速筋を活動させます。
(運動強度が高いため当然です。)
作業筋(ここでは速筋)は、
稼働すると成長や修復のために
mTORという酵素が活性化され、
mTORはたんぱく質合成に重要なmRNAの活動を促進させます。
mTORとmRNAの役割をわかりやすく解説
たんぱく質の合成には、
遺伝子配列をコピーしなければいけません。
これを転写と言います。
この転写の際に必要なメッセンジャー(設計図のようなもの)が
mRNAと呼ばれるものになります。
転写は、要は成長メカニズムと思っていただいていいと思います。
漢字から理解しやすくすると、
元の遺伝子配列の設計図を
コピー&ペーストで増やしていくイメージです。
mRNAが設計図の役割を果たしますが、
この設計図の作成の指示を出すのが
mTORの働きです。
設計図は何もしなければわざわざ作る必要はないので、
筋肉を活性化(トレーニングのことです)させて
設計図を作るように指示を出すmTORを活性化させるわけです。
コンカレントトレーニングについて
筋力トレーニングと有酸素トレーニングは
そのトレーニング効果をお互いに干渉する
と言われております。
これは、
上記の酵素が影響していると考えられます。
有酸素運動で活性化する酵素はAMPKと呼ばれる酵素と
無酸素運動(解糖系)で活性化する酵素mTORがありますが、
人のできることは有限です。
刺激を与えれば与えるだけ体はそれに適応するわけではありません。
パワーズ運動生理学P334より
解糖系で得られるトレーニング効果を最大化するには
上記の酵素の発現に干渉しないように、
速筋に働きかけるトレーニングと
遅筋に働きかけるトレーニングは
mRNAの発現量に干渉しないように
最低でも6~8時間はあける必要がありそうです。
期分けの中でも基礎期で行う
ここまで解糖系のトレーニングを紹介しました。
このようなトレーニングはいつ行うのか。
それは基礎期で行うのがいいと思います。
特異期は、その名の通り長距離種目へ特異的に行うべきです。
5000mで言えば5000mのRPや距離に近いところでのトレーニングに比重を置くべきですし、
フルマラソンならフルマラソンのRPやRTに近いところでのトレーニングに比重を置くべきです。
このような解糖系トレーニングは、
期分けをしっかりと作り、
特異期に移行する前の基礎期に行うべきだと言えます。
基礎期に解糖系のトレーニングを行い
解糖系の向上をさせることで、
その後の特異期での有酸素系の能力も
高い水準で行うことができるようになると考えられます。
このような観点からも期分けを意識したトレーニングは非常に重要です。
当ブログでは、
各種目の期分けを重視したトレーニングプログラムを解説しております。
ブログ上部のトレーニングプログラムよりご確認ください。
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